英国・生命科学研究者の憂鬱

トラックバック頂きました。

複数のPIで一人の学生を育てる

前ラボの隣のラボの後輩で、人気ブログの著者であるktatchyさんから
トラックバックを頂きました。
そういえば、「たっちー」って言い出したのってbrummieじゃなかったっけ?


本件に関してまじめにレスポンスすると、
目的は「博士の品質を一定に保つため」が大きいような気がしています。
どこのラボでもそうかもしれませんが、博士という学位を取った研究者の中では
非常にassertiveで独立して研究ができる人もいれば
何もできない人もいると思います。

どのような「博士」でも、一歩学校の外に出ると「博士」と呼ばれるわけですが、
その「博士」が意味のある学位であるためには、その質を保たなければいけないし
享受する教育の質もある程度研究室に寄らず一定になるべきです。
(同じ額の授業料を払っているわけですから)
そういう意味で、一定期間のギャップをおいてレポートを書かせて
評価するということは、非常に有効的だと思います。

それは「過保護ではないか」とおっしゃられる方もいますが、
放っておいて育つのが研究者であるならば、
その意味で研究者になれなかった人には厳しく学位を取らせないように
するべきだと思います。「博士」の質を保つ意味でも。
(都合上、自分のことは棚に上げます)


大学院に入ってまで能動的に教育を与えるべきか?という議論に関しては
絶対にYESであると思います。

イギリスでの大学院の授業は「PCRのワークショップ」や
「シークエンスの原理」などテクニカルな授業から、
「プレゼンテーションスキルの上達の方法」や「タイムマネージング」など
日本では誰も教えてくれず経験論に頼るものまで多彩です。
(プレゼンテーションの講義ではどこでブレスをするかについて
まじめに講義していました)

それが機能しているかどうかは感じとして微妙ですが、
brummieが所属した研究科の授業は、それぞれの教授の専門分野を
かみ砕いて講義するだけだったと思います。

授業が必要ではないのではなくて、どのような授業をするかが
重要なのではないでしょうか。
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by brummie | 2008-02-18 08:05 | 研究者教育
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イギリスで生命科学研究をする上での愚痴